恋時雨~恋、ときどき、涙~

もしかしたら、このまま夜が明けて、海の中で朝を迎えてしまうのではないかと思えるほどの長い長い沈黙が続いた。


ぴたりとやんでいた風が、再び戻って来た。


6月にしては少しひんやりとした、冷たい風だった。


長い長い永遠とも勘違いしそうな沈黙の中、わたしは健ちゃんの手をそっとほどいて、再び、彼の喉に手を伸ばした。


くるん、と黒曜石が揺れ動く。


わたしは〈平気〉と微笑んだ。


大丈夫。


〈治るから〉


きっと、治る日が来るから。


平気。


だって、健ちゃんは、ちゃんと強いから。


〈ライオンは、強いから〉


だから、そんな顔しないで。


〈健ちゃんは、ライオンだから〉


だから、諦めないで。


負けないで。


〈負けないで……負けないでね〉


健ちゃん。


わたしは、おそるおそる、震える手を彼に伸ばした。


わたしの指先が彼の頬に届きそうな瞬間に、健ちゃんの手がわたしの手首を捕まえた。


目と目が、合う。


途端に、健ちゃんの顔がくしゃくしゃに歪んだ。


ぐいっと、腕を持って行かれた。


おひさまの匂いと海の匂いが強烈に鼻を突く。


あ、と思う間もなかった。


本当に瞬きする間も無く、一瞬だった。


気付いた時、わたしの体はひだまりの中にあった。


健ちゃんの腕に、抱きすくめられていた。


同時に、わたしも絡みつくように、彼の首に腕を回した。


たった一瞬の出来事だった。


わたしが身を投げたとも、健ちゃんが抱き寄せたとも分からない。


ほとんど同時に、わたしたちはぶつかるように抱きしめあっていた。


まるで、お互いの全てを自分の物にしてしまおうとでもするかのように、奪い合うように、抱き合った。


日が暮れかけている黄昏時の水面に揺られながら、抱き合ったまま、一緒に泣き続けた。


彼の指がわたしの崩れきった髪の毛を掻き上げるように滑り込んで来る。


ふと、体が離れた瞬間、健ちゃんがわたしの頭を抱き寄せた。