恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしは、肩から大きな手を払い落した。


〈でも! わたしは違う! 無かった事になんて、できない〉


メッセージカードだけじゃない。


あの、ひだまりのような恋を、やさしい時雨に包まれていた恋を、無かったことにするなんてできない。


わたしには、できない。


〈できるわけないじゃない!〉


《何で、分かってくれないんだよ!》


健ちゃんが3本、指を立てる。


《3年だぞ、3年……。きみは変わった。そして、おれも。別々の、それぞれの今を生きている。あの頃とは違うよ》


どうしてそれが分からないのか、と健ちゃんが唇を一文字に結んだ。


何、言っているのよ。


〈あなた、だよ〉


わたしの人差し指をじっと見つめて、健ちゃんが固まる。


〈分かっていないのは、健ちゃんだよ〉


え、と微かに口を開きながら、健ちゃんが顔を上げた。


〈わたしたちが一緒にいた日々は、わたしたちの恋は夢か幻で。あなたが思っているように、最初から無かったものだったのかもしれない〉


さっき、波にさらわれたメッセージカードも。


もともとは存在していなかった架空の物だったのかもしれない。


〈健ちゃんは、そうなのかもしれない〉


でも、わたしにとっては違うの。


何が本当で、何が嘘で。


何を信じて、何を疑って。


誰を信じて、誰を疑えばいいのか。


信じるも疑うも紙一重のこの世界で。


わたしは、確かに、恋をした。


不器用で、素直になれなくて、小さな事で衝突してばかりだったけれど。


〈あなたにはそうでも〉


この恋は。


この両手いっぱいに抱えきれないほどの恋だけは。


〈わたしには、かけがえのない、真実だった〉


真実だった。


健ちゃんを好きなこの気持ちだけは、真実だった。


〈あなたは、違うの?〉


聞いた途端に、わたしの中で小規模な爆発が起こり、突然、夕立のような豪雨のような涙があふれ、


〈健ちゃんは……違うの?〉


同時に、突発的で膨大な感情の竜巻が、わたしを動かした。