恋時雨~恋、ときどき、涙~

〈あるひとりの人間に出逢って、わたしは変わった〉


わたしの中で、何かが確実に変わった。


〈その人に出逢った日から、わたしの世界は……いいえ。目に映るもの全てが、一変した〉


いいえ。


それも、違う。


その人が、わたしの人生を変えてくれたの。


〈わたし、耳が聞こえない事を、恥ずかしいと思っていた。みんなと同じように生きたいと思うのは、いけない事だと思っていた〉


夢を持つ事も、その夢を叶えようとする事も。


恋をすることだって、いけないことだと思っていた。


でも、ある日、彼は言った。


わたしは、健ちゃんを指さした。


〈花火の帰り道だった。あなたが、わたしに言ったことを覚えている?〉


健ちゃんが自信なさげに首をかしげる。


《何、だっけ?》


〈後ろから自転車が来た時だった。わたしを道の端に寄せて、あなたは言った〉


ライオンみたいな、大きな口で。


無邪気なライオンの子供のように、瞳をきらきら輝かせて。


『真央は、何も悪くねんけな』


〈胸を張って堂々と歩け、と。あなたが言ってくれた〉


いつもモノクロだった景色が芽吹いたように一気に色づいて、わたしの世界はジェリービーンズ色になった。


〈あの時、生まれて初めて、思うことができた。わたしは、生きていてもいいのだと〉


だから、あの瞬間から、わたしは生きることを始めた。


〈そんなふうに言ってくれたのは、健ちゃんが初めてだった。嬉しかった。嬉しくてたまらなかった〉


耳が聞こえない、不良品のわたしでも。


この眩しい世界で、生きていてもいいのだと。


〈耳が聞こえないことは、わたしが思っているほど、不幸なことではないのだと〉


そう思うことができるようになった。


わたしの耳は、わずかな音さえ拾う事ができない。


その事を、健ちゃんは知っているのに。


いつも、わたしの名前を呼んでくれた。


真央、と。


それで、気が付いた。