恋時雨~恋、ときどき、涙~

断続的に吹いていた風もか細いものになり、辺りは厳かな濃い橙色に包まれ、夕凪に変わっていた。


《ごめん。驚かせて》


ようやく落ち着きを取り戻した健ちゃんがわたしから離れて、肩をすくめた。


《時々、こういう事がある。でも、すぐにおさまる。ごめん》


わたしは首を振った。


《情けない。発作、なんだ。こんな姿、見せたくはなかったんだけど》


都合悪そうに、健ちゃんは身を小さくした。


《今、見た事、忘れて欲しい》


わたしは弱い力で健ちゃんの肩を突いて、睨み、


〈できない〉


強く強く、首を振った。


〈忘れたくない。全部。だから、健ちゃんも〉


わたしとのこと。


〈忘れるなんて、言わないで〉


3年前に戻りたいなんてそんな贅沢な事、言いません。


〈想い出にしてくださいとは言いません〉


これ以上、何かを望んだりしてはいけない事くらい、分かっている。


でも、せめて。


〈記憶の片隅でいいから。あなたの記憶のほんの片隅に、ちょこんと置いてくれるだけでいい〉


苦しくて、苦しくて、苦しくて。


だけど、それ以上に、ただただ、切なくて。


〈あなたの中に、居させてください。雨宿り、させてください〉


ずうずうしくて、ごめんなさい。


でも、まだ、行き先が見つからないの。


見つけたらすぐに出て行くから。


〈出て行くから。その時は、あなたの苦しみも全部持って出て行くから。それまで、もう少しだけ、雨宿りを〉


言いかけのわたしの手を掴んで、


《困るよ》


と本当に困ったように表情を歪めた。


《きみは一体、あとどれくらい、おれを困らせれば気が済むの?》