恋時雨~恋、ときどき、涙~

声を出すなんて、もう、忘れてしまった。


言葉教室に通ったのも、もう、遠い昔のこと。


難しくてすぐに諦めてしまったから、忘れてしまった。


言葉の発し方なんて、分からない。


でも、声は出せる気がする。


わたしは、ゆっくりと息を吐き出した。


「――――……」


健ちゃんが、大きく、大きく、大きく、目を見開いた。


わたしは、健ちゃんの手を離して両手を動かした。


〈わたしの声は、どんな声? ちゃんと、出てたかな〉


健ちゃんは茫然とした様子で手のひらを見つめたあと、また視線をわたしに戻した。


〈返事をしに、来ました〉


真っ黒な瞳がくるりと動いた。


〈3年も経ってしまった。もう遅いことは、分かっています〉


でも、どうしても、伝えたくて。


わたしは、健ちゃんが握りしめているメッセージカードを指さして、微笑んだ。


〈返事をしたくて〉


いいえ、違う。


わたしは言いかけて、言葉を変える事にした。


〈わたしの想いを伝えたくて、今日、この町へ来ました〉


そして、メッセージカードを握っている彼の手を、両手でそっと包み込んだ。


相変わらず、大きな手だ。


健ちゃんは無防備な方の手で、確かめるようにわたしの喉に触れ、


《は、じ、め、て》


と指文字をした。


わたしの両手から滑らせるようにするりと手を抜いて、健ちゃんは言った。


《きみとは、たくさん話をした。この、手で。だけど、初めて、きみの想いを聞いた気がする》


健ちゃんの手からしわしわのメッセージカードが舞う木の葉のように、はらりと砂の上に落ちた。


《きれいな……雨音のような声を、きみはしている》


打ち付ける波がメッセージカードを飲み込んで行こうとしたので、わたしは慌てて掴んだ。


と、ほぼ同時に、健ちゃんがわたしの手首を掴む。