恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしと健ちゃん以外の全ての物が動きを止めた気がした。


健ちゃんの目から、ふと、力が失せる。


陽射しが押し寄せて来た大きな雲に陰ったような感じだった。


茫然とするわたしに、健ちゃんは虚ろな目で繰り返した。


《あの、涙の意味を、分かってください》


どんよりと曇った目が、わたしの体の貫通した先にある何かを見つめている気がする。


わたしは、健ちゃんの顔を扇いだ。


あの日……?


〈あの日、って……?〉


わたしが聞いた瞬間、健ちゃんはハッと我に返った様子で、


《何でもない。今の事は、忘れて》


と慌てだし、すっと立ち上がろうとする。


〈待って!〉


わたしは瞬時にその手を捕まえた。


健ちゃんが言っている、あの日って。


涙、は、おそらく。


わたしは急いでポケットに手を突っ込んだ。


ああ……やっぱり。


しばらく水に浸かって、もうふにゃふにゃになっている。


〈……濡れちゃった〉


肩をすくめたわたしを見て、健ちゃんは不思議そうに小首を傾げた。


〈あの日って、これを、捨てた日のこと?〉


聞きながら、わたしは、ほうれん草のおひたしのようになってしまったメッセージカードを取り出した。


海水をたっぷり含んだそれは、見事によれよれだ。


文字も滲んで、読むのも難しいほどの有様だ。


〈ごめんね。こんなになっちゃった〉


メッセージカードを差し出すと、健ちゃんはこっちがびっくりしてしまうほど目を丸くした。


今にもぼろりと落っこちてしまいそうだ。


瞳孔が完璧に開ききっている。


健ちゃんが、途切れ途切れに両手を動かす。


《……これ……何……何で……》


明らかに動揺しているように見える。


〈先月、届きました。わたしのもとへ、届きました〉


水面に映る空を、追いかけっこするように、雲たちが流れて行く。