恋時雨~恋、ときどき、涙~

《きみを見つけた時、夢を見ているのかもしれないと思った。そして、ついに幻覚を見るようになってしまったのか、と》


おしゃべりな手にそっと触れて、わたしは首を振った。


〈夢でも、幻覚でもない〉


健ちゃんと目が合う。


《3年て、怖いな》


〈こわい?〉


そうだ、と健ちゃんが頷く。


《3年経って、この町の風景は、少し変わった。3年が経って……》


一度、言葉を詰まらせ、健ちゃんがわたしを指した。


《きみは、本当に、綺麗になった》


泣きたいくらい、綺麗になった、そう手話をした後、健ちゃんは背中を丸めながら、


《よわむしのライオンには、高嶺の花だ》


と言いながらうつむいてしまった。


その時、やや大きな波が押し寄せて来て、わたしたちの体をぐらりと揺らした。


どうやら、潮が満ち始めているらしい。


さっきよりも若干、水位が上がった気がする。


うつむき続ける健ちゃんに、海水が跳ねる。


その頬から、海水がしたたり落ちる。


まるで、泣いているように見える。


健ちゃんに手を伸ばしてみる。


だけど、触れる直前に、わたしは手を引っ込めた。


健ちゃんの両手が、動いた。


《本当は……》


その手は、震えていた。


《本当は悲しかった。ひどく、悲しかった》


健ちゃんが顔を上げる。


わたしは波に揺られながら、固まるしかなかった。


《本当は、大声をあげて、泣きたかった》


顔を上げた健ちゃんは、ひどい顔をしていた。


苦しそうに表情を歪ませ、その肩は明らかに震えている。


《でも、泣くことができなかった。本当は泣きたかったけどきみの前では、泣く事ができなかった》


黒い瞳が、水面と同じリズムでゆらゆら、揺れている。


《あの日。おれが流した涙の意味を、分かってください》


一瞬、時が止まったような気がした。