恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしは、どれほど身の程知らずになれば気が済むのだろう。


健ちゃんの手をしっかり掴んだまま、無理やり微笑んでみせた。


健ちゃんが、僅かに目を大きくした。


ごめんなさい。


わたしが、この世界中の誰よりも苦しんでいると思っていた。


世界中の誰よりも、わたしは不幸なのだと。


そんな自意識過剰な自分に、腹が立つ。


何かが爆発してしまいそうで、わたしは奥歯を噛んだ。


無理に笑顔を作ったせいで、頬の筋肉がつりそうだ。


ほんの少しだけ力を緩めた途端に、一筋の涙が頬を伝った。


わたし、何も知らなかった。


こんなにも。


こんなになるまで、我慢していた人が居たのに。


ここに。


今、目の前に、その人が居る。


太陽光線のように光り輝いていた瞳が、輝きを失った黒曜石になってしまうほど。


笑う事が大好きだと言って全力で笑っていた人が、笑わなくなってしまうほど。


ひだまりのような空気を漂わせていた人が、凍てついた氷のような空気を漂わせるようになってしまっていた。


わたし、この人を、ここまで追い詰めてしまったのか。


わたし、自分の事ばかりで、自分の事で精一杯で。


健ちゃんの気持ち、無視して。


何も、分かってあげられていなかった。


この人は、わたしを分かりたいと言ってくれたのに。


わたしは、分かろうともしていなかった。


……教えて下さい。


いいえ。


どうか、聞かせてください。


あなたの、その胸の内を。


わたしは、手のひらを健ちゃんの胸にそっと押し当てた。


こうしている今も、ここに、居るの?


わたしが、居る?


健ちゃんが数回、目をぱちくりさせる。


《何?》


わたしは答える代わりに、微笑んだ。


果江さんの追伸を思い出したのだ。


【健ちゃんの心の声、聞いてあげてください】