恋時雨~恋、ときどき、涙~

だから、お願いします。


あの日。


突風のようにわたしの世界に入って来て、海風のように奪って行ったわたしの心を。


〈返して下さい〉


ぽとぽと、無表情の顔に、わたしの涙が雨粒のように落ちていった。


わたしは、健ちゃんの顔を手のひらでふいた。


ふき取っても、ふき取っても、ふき取ったそばから彼の顔が濡れていく。


わたしの涙で、濡れていく。


ひと粒落ちるたびに、わたしはそれを手のひらでふき取った。


泣いているのは、わたしなのに。


これじゃあまるで、健ちゃんが泣いているみたいだ。


ごめんね。


ごめんね、健ちゃん。


健ちゃんは浅瀬からゆっくりと体を起こし、わたしの左手をそっと掴んだ。


《何が……》


健ちゃんが人差し指を左右に振った。


《何がそんなに悲しい? どうして、そこまで泣く?》


健ちゃんは冷たい色の、でも、純粋無垢な目をしていた。


《きみの心。泥棒したつもりはないし、盗んだ記憶もない》


冷たい色の瞳が夕日を吸い込んで、つやつや輝いている。


《でも、知らず知らずのうちに、そうしていたのかもしれない》


ごめん、と健ちゃんはわたしの心を掴むジェスチャーをした。


そして、わたしの心を自分の胸にしまいこむ仕草をして、両手を動かした。


《そのせいで、きみが、ずっと苦しい思いをしてきたのか。なら、謝る。ごめん。だから、そこまで、泣くのか?》


そして、しまいこんだばかりのわたしの心を取り出す仕草をして、健ちゃんは続けた。


《これ。これを返せば、きみはもう、泣かずに済む?》


さあ……どうだろう。


分からない。


それでもきっと、泣くのだと思う。


でも、わたしは頷いた。


精一杯の強がりのつもりだった。


そうか、と健ちゃんはわたしの腕を掴むと、手のひらにわたしの心をそーっと乗せた。


《返す。これでもう、泣かずに済む。幸せに、なれる。だろ?》


暮れ始めた水面に、茜色の空と雲が映しだされていた。