恋時雨~恋、ときどき、涙~

《そうか》


鉄仮面が疲れ切った様子で、立ち上がろうとする。


《言いたいことは、それだけか》


わたしは両手で、健ちゃんに水をかけた。


そして、ほとんど同時に、健ちゃんに飛び付いて馬乗りになった。


どけ! 、とぶっきらぼうな腕がわたしの体を払いのけようとする。


わたしは、負けてたまるか、とさらに突き飛ばした。


〈あなたが!〉


健ちゃんを指さす。


〈忘れろと言うのなら、忘れるよう、努力します〉


これも、とひまわりの髪飾りを突き出す。


〈捨てられるよう、毎日、頑張ります〉


唇も、目尻も、指先も、勝手に震えた。


今、わたしの体を支配しているものが苛立ちなのか、怒りなのか、判別できない。


でも、体の震えが止まらないほどの猛烈な感情だった。


自分でもこの興奮をどう抑えたらいいのか、分からなかった。


〈あなたのことを考えないように、思い出さないように、努力します〉


苦しい。


わたしは、乱れる呼吸を整えようとやっきになった。


大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐き切る。


何度も、何度も、深呼吸を繰り返した。


でも、それは激しくなる一方で、整うことはなかった。


首を絞められているような息苦しさに、目の奥がくらくらする。


苦しくて、苦しくて、切なくて、窒息しそうだ。


〈忘れられるよう、努力します。だから……〉


震えるわたしの両手を、健ちゃんはただぼんやりと見つめていた。


〈だから〉


どうか。


返して下さい。


わたしは、茫然とする健ちゃんの胸を、ど突いた。


涼風に、水面が緩やかな波を打つ。


〈わたしの、心を……返して下さい……〉


つ、と頬を伝い落ちた涙が、呆けたように固まる健ちゃんの頬に落ちる。


そして、わたしの涙が健ちゃんの頬を伝い落ちて、海と一体化して、消えてしまった。


〈もう二度と、あなたの前に現れないと、約束します〉


約束、しますから。