恋時雨~恋、ときどき、涙~

消したから……?


わたしは、一生懸命、つばを飲み込んだ。


苦しかった。


今、健ちゃんが消したものが分かるからこそ、苦しかった。


〈何を……消したの?〉


だけど、認めたくなくて、わたしはわざと知らないふりをした。


分かっているくせに、と黒曜石のような瞳が訴えかけてくる。


それでも、知らないふりをした。


《きみの過去から、記憶から、想い出から。一緒に過ごした日々を》


できることなら、叶うのなら。


目を伏せてしまいたかった。


崩れ落ちそうな膝に言い聞かせて、わたしは両手を動かした。


〈そんなに、忘れて欲しい? 忘れなければならないような恋を、わたしたちはしたの?〉


想い出にすらできないような恋を、わたしたちは、したの?


〈健ちゃんは、わたしとのこと、思い出したくもない?〉


時間は数秒と要さなかった。


《思い出したくない。できることなら》


……そう。


もう、何も言い返す気にならない。


泣いても泣いても、あふれてくる涙に、鉛のように重い体をゆだねるしかなかった。


ああ。


しんどい。


うつむいて泣くわたしの肩を、大きな手が弾く。


いっかい。


にかい。


少し間があって、さんかいめ。


で、なんとかやっとの思いで顔を上げる事ができた。


わたしを見下ろす黒曜石は、静かで、冷たい色をしている。


《3年間、忘れる事ができなかったと、きみは言った。でも、もう、忘れてもいいんじゃないかと思う。忘れてくれ》


〈なら、健ちゃんは、忘れる事ができる?〉


小さく、健ちゃんが頷いた。


健ちゃんは、うそつきだ。


《忘れる。だから、きみも。記憶から、消してくれ》


3年前、言ったくせに。


忘れないって、言ったくせに。


うそつきね、健ちゃんは。


わたしはぼろぼろ涙をこぼしながら、健ちゃんを睨んだ。


うそつき。