恋時雨~恋、ときどき、涙~

《その手を、しっかり、強く、握りしめていたはずなのに》


うん。


健ちゃんは握ったこぶしをゆっくり開いて、首をふるふる振った。


《ふと、手を開いたら》


うん。


《そこには、今にも消えてしまいそうな、記憶しかなかった》


ここに、と健ちゃんは開いた左手のひらを右の人差し指で指し、そして、わたしを指さした。


《気付いた時、もう、きみは居なかった》


きみは……、とそこまで言いかけて動きを止めた彼の両手が微かに震えていた。


残酷だ。


こんな状況にもかかわらず、夕立のあとの水面は清らかで清潔な輝きを放っている。


わたしの手もまた、震えていた。


10本の指を広げて、下へ下ろす。


〈雨〉


健ちゃんが反応を示した。


〈わたしたちに何かある時は、いつも、雨〉


遠ざかる雨雲を見たあと、一拍あって、健ちゃんが頷いた。


〈わたしたちの恋は、雨〉


もう一度、健ちゃんが頷く。


だけど、きれいな雨ばかりだった。


今だって、そうだ。


セピア色で、だけど、神々しいトパーズの色。


〈ねえ〉


わたしは、健ちゃんの顔を指さした。


〈わたし、勘違いしていた。辛いだけの過去だったと、勝手に思い込んでいた。決めつけていた〉


わたしたちの不器用な恋に降り注いだ雨たちは、切なくて苦しいものばかり。


そう思っていたけれど、そうじゃない。


夕立の中、わたし、見た。


あなたと過ごした、あの頃を。


想いが去来し、情景がぐるぐる回り、記憶が巡っては消えて行った。


まるで、走馬灯のように。