恋時雨~恋、ときどき、涙~

冷たいのか、熱いのか、分からなくなった。


海水は冷たい。


けれど、体は火照るように熱い。


判別できなかった。


下半身は水の中、上半身は滝のような夕立に打たれ、わたしはゆっくり目を閉じた。


静かだ。


わたしの世界はとても小さい。


いつも、いつだって、こんなふうにとても静かで。


誰も立ち入る事ができない。


そんな小さな宇宙空間だった。


そうだ。


あの、夏の日。


夕日がやけに綺麗な日だった。


焼きそばのこうばしいソースの匂いが、ふわりと蘇える。


誰も立ち入る事ができなかったわたしだけの世界に、変化があった。


涼風のようにすーっと入って来て、空気のように漂って、充満して、そして、住み着いてしまった人がいた。


その人は、男性だった。


彼は、ライオンに憧れるひだまりのような人で。


何度追い出しても懲りる事なく戻って来て、無視をしてもあっけらかんとして、あらゆる手を使って突っぱねても、大きな口を開けて笑って。


わたしだけのこの空間に、住み着いてしまったのだ。


『真央』


はっとした。


目を、開く。


目を開いて、わたしは、そこにある横顔に吸い寄せられるように、目を奪われた。


尻餅を付いた瞬間に跳ねた海水なのか、夕立の雨粒なのか、定かではない。


でも、水平線を見つめる彼の瞳から、つつ、とひとしずくが伝い落ちた。


……泣いているの?


健ちゃんはわたしの視線に気づく様子などなく、ただ茫然と水平線を見つめている。


綺麗な横顔だ。


瞬きもせず、ただ漠然とした様子で前を見つめるその横顔を、綺麗だと思った。


そして、わたしも視線を流して、刹那に目も心も奪われてしまった。


夕立に叩かれる水面が、燃えるように朱く染まって行く水平線が、それはそれは神秘的で。


冷たい浅瀬に座り込み、わたしはたまらず息を殺した。


わたし、こんなに綺麗な景色を見たのは、たぶん、初めてだ。