恋時雨~恋、ときどき、涙~

何? 、と睨み付けると、健ちゃんは口を一文字に結んだまま、何かに諦めを付けたかのように、たった一度だけ微かに首を振った。


もう、やめろ。


健ちゃんの冷酷な瞳が、そう言っている気がした。


わたしは、健ちゃんの手を、つっけんどんに振りほどいた。


〈なぜ?〉


苛々した。


胸が苦しくて、呼吸が乱れる。


〈どうして?〉


健ちゃんは、何も反応を示さない。


その態度が、さらにわたしを苛立たせる。


〈あなたが〉


わたしは、海水でしわしわにふやけた指で、健ちゃんの顔を指した。


〈健ちゃんがくれた物なのに。わたしにとっては、とても、大切な物なのに!〉


自分では捨てられそうにないからと、静奈に預けたくせに。


3年間、捨てずに、持っていてくれたくせに。


でも、健ちゃんは、簡単に捨ててしまった。


〈想い出まで、捨てるの?〉


黒曜石のような瞳が、一瞬、くるりと動いた。


わたしは、息を飲んで、健ちゃんの手を見つめた。


命を失ったようにだらりと下がっていた大きな手が、ゆっくりと動き出したのだ。


《先に捨てたのは》


真央、と健ちゃんの人差し指が、わたしを真っ直ぐに突き刺す。


《真央が、終わらせた。全部》


わたしは、言葉を失った。


分厚い積乱雲が、ゆっくりと、夕日を隠していった。


水面が、輝きを失って行く。


息を止めたように、波の動きが静かになった。


《真央が、終わらせた》


水面を滑るように、重く湿った風が吹き抜けて行く。


同時に、言い返そうと構えていたはずの両手が、だらりと下がった。