耳鳴りが神経を逆撫でる。
殺そうと構えた時、いつも体の奥から鳴り響くこの音に、心臓が焼けるような思いをした。
「…っ、」
腕が飛び跳ねる。
全神経を全て異国の男に傾けて、床を蹴って宙を舞う。
音もなく走る鐘鬼の姿は、空気中を舞う羽虫ように体重を感じさせない。
「橘はすぐに目覚める」
右拳が跳ぶ。
―――ヒュッ。
それを受け止めて真横に薙ぎ、開いた正面に蹴りを入れた。
「…ッう、グ」
肺に衝撃があったのか、鐘鬼は苦しげに呻く。しかし、まだ浅い。
―――まだ深く、更に深く。
「だろうね。…操縦者はまだ生きているし」
部屋の端にうつ伏せで転がったまま気絶している倫子の身体に、一瞬だけ視線を投げる。
赤黒い傷痕が這う体は完全に弛緩していて、今すぐ動くとも思えないが。
(なにせ今の橘は、ただの人形だ)
指一本動かせないほど拘束したとしても、桐生の命令ならば自らの関節を外してでも動き出すだろう。
―――槐櫑は、根が深い。
ひとつの確立された精神を欠片ひとつ残さず理解して包容し、そして支配する。
全身に張り巡る神経という神経、筋力という筋力を集握し、そして思考回路を閉じて完全なる人形と化す。
それを存外、楽にやってのける男が、あの幾田桐生なのだ。
「橘が目覚めれば、二対一…、味方も連れずによく乗り込んだものだ」
鐘鬼が雲雀の両腕を掴みながら言う。
その至近距離で鐘鬼を見た雲雀は、ふ、と唇を歪めた。
「弱者をふたり相手するのに、加勢が必要だと?」
互いに互いの腕を掴み合う、力比べ。
華奢な腕には不相当な筋力が宿り、それでも互いの筋力は均衡を崩そうとしない。
―――バチリと鳴り響く力の摩擦に、意識のない倫子の白い体が視界の端で跳ねた。
それを横目に、鐘鬼は更に雲雀に詰めかける。
「…守るものがあるのとないのとでは、どちらが強いと思う?」
それはまるで、雲雀の意識を倫子に向けようとしているようで。
(…うざったい)
倫子の呼吸音は着実に正常に戻りつつあった。
動き出す為の時間も、そうは掛からないだろう。


