「―――雲雀様」
深夜の散歩に出たところを雲雀は呼び止められた。
特訓していた倫子の出来の悪さは予想以上で、結局二時間の座禅を申しつけてきたところだ。
あの様子じゃ、アダムとして力を使いこなせるようになるのはまだ先だ。
―――考えて、溜め息が出る。
なにを甲斐甲斐しく世話を焼いているのか、らしくない自分にほとほと呆れた。
「…雲雀様、」
そんなことを考えていると、もう一度窺うような声が投げられた。
海岸間際の石段に腰掛けたまま一瞥すれば、栗色の巻髪が視界に入り込む。
こちらを見やる眼には、相変わらず畏敬の念とお伺いの色が濃い。
西部箱舟会長、朝比奈雛だった。
「なに?」
きっと自分から話は切り出せないだろうと促せば、彼女はゆっくりと顔を上げた。
以前は合わせようとしてできなかった視線を、今日は真っ直ぐ見つめてくる。
(…へぇ、少しは変わったんだね)
相変わらず漂う脅えはともかく、以前のように不安げではない。
「…雲雀様にお話が。お時間を頂けますか」
「構わないよ。ここでいい?」
例え移動を求められても、従うつもりもなかった。
この石段からは、水平線の更に奥が臨める。
真下には、ひたすら陸をひた走る浜辺。
空の中点には、鉤爪のような残酷な月が厚い雲に隠れている。
まるで、死が身近な夜。
「理事から電話で承った話ですが―――」
朝比奈がそう言って雲雀の注意を引く。
(西部の理事…)
顔を見たいとも思わないが、そういえば、まだ一度もその顔を見たことはない。
敏腕で灰汁の強い幾田とよく比較され、無能と評されているらしいが。
「そう、それで?」
西部会長の朝比奈が、東部会長の雲雀へ直々に通す話だ。
なにかしら重要項目が組み込まれているのだろう。
「…急な話ですが、第二中華人民国からの留学生が、このセクションに途中参加するそうです」
先の大戦でひとつの大陸がふたつに割れた際、国そのものもふたつに分裂した。
そのひとつが、第二中華人民国である。


