「ひば、」
雲雀がベッドに辿り着いた時、既に倫子は死にかけていた。
「なに?」
勿論、その無茶な抱え方のせいなのだが。
「あ、りがと…」
枕に突っ伏したまま、顔だけを傾けて雲雀を見上げている。
枯れた声は悪化していた。
「…なにが?」
礼の真意が掴めない。
礼を言われるようなことはしていない。
部屋まで運んでやったにしても、嫌がらせの一環だったのだ。主に持ち方が。
嫌味?
訝しむ雲雀に、倫子は小さく笑いかけた。
疲労のせいか、笑顔に覇気がない。
いつもなら緩やかに延びる曲線が、今日は歪だ。
「テレポートすれば早かったのに、体に負担がかかるから歩いてくれたのかなー、とね」
「……」
「ちがった?」
ぜいぜい荒い息を吐きながら、こんな下らない質問なんかして。
(お人好し)
雲雀は倫子から視線を逸らすと、無言のまま彼女の部屋を後にした。
扉を閉める寸前、ありがとー、とひび割れて耳障りな声が耳に届いた。
扉を閉めると、そのひやりと冷たい硬質に背中を預ける。
(調子、狂う……)
知らずに溜め息が出ていたが、なにぶん無意識なので雲雀は気にもしなかった。
躊躇いがちな溜め息などあまりにも彼らしくないというのに、彼は気付かない。
テラスを見やれば、鈍色の空はゆうるりと深みを増している。
雲の上で一番星が輝く真下、貧困エリアの篝火が目を焼くようだ。
テラスまで出れば、倫子の引き上げた水脈の陰りが見えるだろう。
(一般のアダムでさえ、可能かもわからないことを、何故)
イヴと蔑視され、無力な人間のように、無意識に思考を垂れ流すような落ちこぼれが。
(…でも、)
この僕にまで、その愚かな思考を及ぼすなど。
(色々有り得ないことばかり…)
奥田やササリとの関係も怪しい。
なにより、あの北の島で遭遇した研究者達との関係は。
(…、ぁ、あ…ぅあ、あ)
あの悲鳴が、まるで胎内で蛆でも湧いたかのように、雲雀のなかで蘇って蠢いた。
あの、背筋が凍るような悲痛な悲鳴に、───慟哭、に。
鳴かせてみたい、と思った。
「…いつかすべて、」
剥いてやるから。
(待っていて)


