『…子供、かわいいね』
いつか橘が口にした、他愛ない言葉が頭を駆け巡る。
『いつか抱かせてよ。あんたの子供』
絶対、かわいいよ。
そう無邪気に笑って、ふやけた事を言って、そうして僕は、彼女に。
『自分の子供を抱きなよ』
そう軽口を叩いて。
彼女は。
「―――私は、母親にはなれない」
絶句した橘が、申し訳なさそうに視線を揺らす。
ゆらゆら。
僕がその眼にどれだけ弱いかなんて、君は知らない。
「機能しない。…女として」
震えている。
まっさらな体を曝して、まっさらな眼を向けて、僕を試そうとしているのか。
後ろめたさと悲しみと悔しさがない混ぜになった世界に、溺れていくような感覚。
―――混沌。
僕が、惹かれたもの。
「…ねぇ」
だからこそ、その頭を引き寄せた。
大切な大切な大切な、僕の、小さな獣。
腕の中で目を丸くしているのがわかる。
馬鹿みたいに真っ直ぐでかわいい、傷付いた獣。
「僕が言う、君のすべて」
その硬い髪を梳く。
美しいわけではないその髪が、なによりも好きだ。
「君だけ、だよ」
今までの想いを全て、君に。
言葉で伝わらないなら、君が望む方法で幾らでも伝えてみせるよ。
(…ねぇ、橘)
髪を掻き上げて、露になる項。
そこに走る傷痕すら、皮膚を伝う血痕すら、愛しいのに。
「僕が欲しいのは、子供じゃない」
手に入れたいとこんなにも強く願い、こんなにも歯痒いまま、手をこまねいたのは初めてだ。
『…あんたに、殺されたいんだ』
そうして君に、僕もまた殺されたいと願った。


