「元気にしてます。少しばかり消沈しているようですが、彼は逞しいですから」
穏やかに微笑むアナセスは、やはり美しかった。
盲目でありながらそれを卑屈のネタにはしない。
一心に前に突き進み、時に静かに立ち止まることの大切さを知る女性。
自分でも何故、彼女では不服なのかわからなかった。
完璧と賞され、それが褪せないほどには真実である彼女の実態。
どちらにせよ、橘倫子はアナセスには勝てないだろうに。
『わたし、あんなに、きれいじゃ、ない』
そうだね、当然だ。
慈しまれる女と貶められる女。
大衆は、罪人よりも女神につく。
(…でも)
確固たる違いがあるのだ。
それはきっと、他者にしてみれば意味のない権利。
(僕を殺せるのは、きっと、橘だけだから)
だからこそ、彼女はアナセスに勝るのだ。
言いつつ、どちらにせよ倫子以外見えていない自身に雲雀は舌打ちする。
(…殺してよ)
去るくらいなら、殺してから去ればよかったのに。
互いの望みはいつも罪の前に霞み、真実を埋めてしまう。
「―――…それで、用は?」
回廊の奥に、鐘鬼の隣を歩く倫子を見つけ、内心穏やかでなくなる。
アナセスにひたりと視線を落とせば、アナセスは凛とした表情をそのままに雲雀から一歩引いた。
恐らくは倫子の気配に気付いたからだろう。
事実上、「婚約」の話は進んではいるが、互いに望んだ関係ではない。
「…貴方のお母様から連絡を頂きました。婚約の件、明後日には正式に発表するそうです」
控え目に放たれた言葉はあまりにもはた迷惑で、思わず重い息が口を吐く。
彼らの中の算段は既に済んでいるらしい。
身勝手な彼らの特性か。
なまじ地位がある分、悪知恵が働きよく機能する。


