「…でも、橘」
その眼をまだ、見つめ返してはこない。
「僕は」
その継ぎ接ぎだらけの憐れな体に、まだ教えていない。
「君がなんと言おうが、僕は、「橘」を生かしたい」
君の願いなど知らない。
君が死にたいと何度叫んだって、その口をその度に塞いであげる。
その痛ましい体に、教えてあげたいのに。
「君が罪に苛なまれても、君が世界に絶望しか見い出せなくても、僕は」
喜んで、君を世界へと繋ぐ枷となる。
(…まだ、足りない)
まだまだ、足りないんだ、橘。
「…、」
倫子が唇を震わせた。
ひくり、今にも泣き出しそうな眦は、なにを想うのか。
ゆっくりと、唇が開く。
ひばり、と。
彼女は救済を望んでいる。
「くるしい、…」
ひくり。
泣けばいい、橘。
「ひばり、ひばり、…」
暴走していた力が徐々に収まりつつあった。
不安定な精神状態を表すとすれば、それは「散漫」だ。
ともすれば今は、全神経のすべてを雲雀に向けていることになる。
それが意図せず、事態の収束に繋がっていた。
早く、橘。
君はなにを、望む?
「わたし、わたし、は、…」
(罪人は神に救いを求める)
―――ぶつり。
皮膚が避ける音がした。
(抗う手に、今は武器を)
「…、っ」
操られている筈の双子のアダムが、その音にびくりと反応する。
倫子の右肩―――首に近い、血脈。
吹き出る、朱、に。
「…きゃあああっ」
ニーロの衣を裂くような悲鳴は、強風に流されて消えた。
目の前で崩れた体は、今はもう、ただ紅いまま動かない。
赤錆びた瓦礫に融けてしまいそうなほど、くすんだ赤が際限なく流れている。
今にも、それが垂れる音が聞こえそうなほど。
「……橘?」
名を呼んだのは、何故だったのか。
天に背を向けたそれは、動かない。
『ひばり』
―――アカイ。
目の前が、真っ赤だ。
これは、なに?
「たちば、…」
風が、やまない。


