「どこにも行けないな、今日も」



そうかんなに言いながら、歯ブラシに歯磨き粉をつけ、口に入れる。

ツンとしたミントの香りが鼻をつく。

口いっぱいに広がった少し辛い味に、僕の目は完全に覚める。



「ホントにねぇ!湿気で髪の毛がグチャグチャだわ」



いつものかんなのグチ。

それを聞いて、さっきのかんなの表情や珍しく返した挨拶は、たいして気に留めるほどのものではなかったのだと思った。



歯磨きを終えて部屋に戻ると、ほんのりと良い香りが漂っていた。

覚えのある匂い。

……なんの匂いだっけ…。


思い出そうとする僕に、かんなが「ムース借りたから」と言う。

瞬時に僕は固まり、全身の気がズボンのポケット一点に集中する。