私を海から連れ戻したのは

担当医ではなかった

それは私の骨折や脱臼を治療した

整形外科の医師だった

彼は以前リハビリの専門病院に

勤務していたらしく

リハビリのプログラムも

普通の総合病院としては

定評があるらしく

彼の科はいつも

外来患者であふれていた



彼はいつも快活だった

患者にも同僚にもナースにも

だが私はその明るさを嫌悪していた

他の患者と同じように彼は

私にも気軽に話かけた

いたたまれなさと戸惑いが

同時に襲ってくる

私は黙ったまま頷く 

または首を横に振る

それだけの応答…目も合わせずに



その明るい世界は

私には二度と戻っては来ないから



彼の姿を見るだけで

自分の闇と彼の明るさが

無情なコントラストとなり

それは

お願いだから私の前には現れるなと

耳を塞いで祈りたくなるほど

苦痛に満ちた時間だった




よりによってその男が

私を海から引きずり出し

わざわざこの毎日の拷問の日々へと

送り還してくれたのだ



なんという皮肉…



ただ一度だけ

屋上から海を見ている彼に

遭遇したことがあった

松葉杖で階段を昇る練習をしながら

私はその時なんとなく

屋上まで出てみようと思った