足首は痛みがありつつも
びっこをひきながら伝い歩きが
出来るようになったある日
松葉杖で海岸に初めて出た
此処に倒れていたのか
と思いはしたが
その記憶すらない
気を失っていたのを
散歩の誰かが通報してくれた
その誰かは警察もわからないという
私は病院の記憶しかない
全ての記憶が病院での暮らし
病院で産まれたみたいに…
不意に
深夜の淫靡な感触が
身体にフィードバックしてきた
全身のおぞけ
そして融解感
気が狂うような焦躁が胸の中で
渦巻く
下腹部の激しい灼熱感に
突然襲われた
ああ
ダメだ…
もう耐えられない…
手が自然に松葉杖を離していた
海に吸い込まれるように
よろめきながら右足を引きずり
柔らかい砂の上を歩き始めた
この灼熱感も焦躁も絶望も
なにもかも全部
この冷えきった海の中で
終わらせてしまいたい
命の火がこの身にあること自体
もう 耐えられない
なんのために生きているのか
なにもかも欠落したままで…
少し笑った
これでは 生きて いけない
…無理だ
そう もう
無駄に苦しみたくないな
毎日 毎日 少しづつ
気が狂っていく
苦しい
苦しいんだ生きていることが
唐突に冷たさを足首に感じた
波が打ち寄せるところまで
歩いたのだ
足が砂にめり込む
引きずった足を取られて
身体が波の中に落ちる
一瞬で全身が波に覆われ
引き際に身体が持っていかれた
服の重さが身体の自由を奪う
口から潮の味が侵入してくる
冷たさと深さに私は微笑んだ
秋の海
人影もまばらな
逝ける…
私は身体の力を抜いた



