危険な誘惑にくちづけを

「知ってるの?」

「……知っているも何も。
 今だって時々春陽がケーキを買ってくるだろう?
 それだけじゃなくても。
 オレが、十代後半に、散々世話になったヤツだ。
 春陽を、今の製菓学校に推薦したのも。
 あいつが一番長い時間。
 臨時講師をしている、学校だったからだし」

「ええつ!
 本当……!?
 じゃあ、紫音の名前出したら、風ノ塚先生、判るかな?」

「……たぶんな」

 十代後半の紫音!

 今のわたしと、同じ頃の紫音って、どんな感じだったのかな?

 紫音自身や、その幼なじみで、ホストクラブの共同経営者だった薫ちゃんは。

 何も教えてくれないけれど。

 風ノ塚先生だったら、知ってるかな?

 思わず、目がきらりんっ、と輝くわたしを見て。

 紫音の笑い顔が、苦くなった。

「春陽が知って、面白いことは何もないぞ。
 高校にも通わずに。
 ただひたすらバイトに明け暮れていただけだ」

「ケーキ屋さんの『パ・トゥ・シャ』で?」

「……まあな」

「それで、よく……
 大学行って、学校の先生になんて、なれたわねぇ」

 たしか。

 紫音の出た大学って。

 国立でも最難関のガッコだったよーな、気が……

 目を丸くしているわたしに、紫音は。

 昔のことは、詮索しないでくれ、と言って、肩をすくめた。