「この椿を持つ男を、俺は良く知っている・・・」
そう言った幾斗の表情は、今までで一番辛そうに見えた。
別に涙が滲んでいるわけでも、震えているわけでも無い。
ただその双貌には全く光が無い。幾斗の意識がここに無いような気がして、私は幾斗の右手をギュッと握った。
幾斗は空を見ていた瞳を私に向けて、そっと髪を撫でてくれた。
「今回の事はあいつが仕掛けて来た事だ…」
次に私を見た幾斗の瞳には、確かに私が写っていた。
でもその瞳に宿った光は、今までに見たことも無い冷たくて、痛々しい…
そして憎しみを持っていた─────
「この花は、あいつの花────」
「お前の事をあいつはもう知っている。お前が……黎雅さんの妹だと言う事も、桜千会のもとにいる事も…お前は、もうこの世界からは逃げられない…」
分かってる─────
全てを失った私を受け入れてくれたこの世界。
一度入れば永遠に囚われる世界に、私は何も知らずに入ってしまった事。
もう表の世界には戻れない事。
そして私がそれに感付いている事を、みんなは感付いている…
“あいつ”が誰なのか私には分からない
でも、その“あいつ”が私や幾斗の敵である事に疑問はない。
幾斗を苦しめた人間である事。
今も幾斗を苦しめている事
それだけで、理由は十分だ…

