「最低…だよね…」
「麻綾…」
「私の為に、お兄ちゃん…きっとたくさん苦労した…なのに私は…それを受け入れられないなんて…」
幾斗は何も言わないで、ただ黙っていた。
どんな表情をしているのか、顔を覆う私には分からない。けど、彼の戸惑うような声で、今の表情が想像出来る。
「ごめ、ん…麻綾…」
「く…ヒクッ…ゥ゙…」
幾斗の戸惑うような声…後悔したような声に、涙が止まらなくなった。
「始めは…ただ知りたかったッ…お兄ちゃんが何で死んだのかッ…でもッ!だんだん怖くなってッ…私のいた世界じゃ、考えられない事ばっかりで」
臆病な私は、関わるのが怖かった。
最低だって分かっていても、怖くて、怖くて…
お兄ちゃんの存在が遠かった・・・・───
「俺さ…」
「……」
今まで黙っていた幾斗が、ふと口を開いた。
「俺さ、小学生までは、この世界なんて全く知らなかったんだ」
「え…?」
初めて聞く幾斗の過去───
「別に特別裕福だったわけでもねぇし、貧乏だったわけでもねぇ、普通の家だった……。皇也さんは母方のいとこなんだ」
「いとこ?」
「母さんはこっちの世界を嫌っていた。だから表の世界の人と結婚したんだ。勿論母さんの家族は反対して、母さんは家を飛び出した。俺も父さんもその事は知らなかったんだよ…」
幾斗は小さく息を吐いて、天井を見つめた。
「母さんは俺が小学校5年の時事故で死んだ。その事故が新聞に載って母さんの実家に俺たちの居場所がバレたんだ─────」
「え…?でもお母様は…」
「若桜が求めたのはもう母さんじゃなかった」
そう言われてハッと気付く……
お父様は生きているのに、何故幾斗はここにいるのか─────
「突然やってきた若桜組の奴らは俺の父さんに言ったよ。この先一生遊んで暮らせる金を用意するから俺を引き取らせて欲しいと…。俺は見ちまったんだよ…小切手を受け取り、頷く父親を……」
ポロリとと涙が伝ったのに気付いた。
無意識のうちに泣いていたらしい……

