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庭にある池に飛び出した形で建てられたその建物と言うには小さく、部屋と言うには大きな、光は入るがとても閉鎖的な空間。
ここには母屋の喧騒は届かない。

窓は池側に丸窓が一つあり、出入り口は入り口の襖のみ


幾斗はその部屋の窓の梁に座り、丸窓の障子をあけて広い池を泳ぐ錦鯉をぼーっと眺めている




そんな幾斗の様子を、部屋の壁にもたれて湯川はじっと見ている。
もう何時間経っただろうか……
幾斗の様子が、最近の表情豊かなものではなく、人形めいたものになっている事に気付く。





「幾斗」


湯川は一つ溜め息を吐いてまるで現実を見ていないような幾斗を引き戻そうと、名を呼ぶ。


幾斗はゆっくり振り返り、一言呟いた。











「あいつだ…」












「黒い椿は、あいつの花だ……」










幾斗の手には、美しく咲いた漆黒の椿の花が握り締められている。

リンチされ、ボロボロになった部下たちの一人にに添えられていたのだ。

それが何を意味するのか…ここでは幾斗が一番理解している。






「幾斗、これはお前を誘きだす為に仕掛けられた罠だ。お前の取るべき行動は分かるな?」


湯川は強く厳しく、でも諭すように、ゆっくりと話した。


しかし…





「呼んでる……」











一拍置いて、虚ろな目で振り返った幾斗は湯川を見てそう言った。


湯川は息を飲んだ。






そしてすぐに立ち上がり、幾斗の肩を強く握った。





「幾斗…あの頃、確かにお前はあいつの玩具だった。お前は仲間に裏切られ、あいつに体を奪われた」


「あ…あぁ…」




何も映さない幾斗の目が見開かれ、体を震わせる。






「嫌、だ・・・嫌ぁ・・・あ」




ボロボロと涙を零す幾斗が酷く幼く見えた。

気高く、高貴な存在感を持つ麗龍はそこにはいない……



ただ、心を酷く傷付けた子供だった────