「幾斗」
「はい」
「本当に大丈夫ですね?」
「はい」
「あまり、無理はしないで下さいね」
皇也は隣に座る幾斗の髪をそっと撫でた。
染めたのではない金色の髪は柔らかく細い。
「大丈夫ですから。黒椿には貴方を奪わせるなんてさせませんよ」
「ッ!!」
幾斗は驚いたように皇也の顔を見上げた。
青ざめた顔色は酷く、皇也は悲しそうに眉尻を下げて幾斗の肩を抱いた。
「大丈夫ですからね」
別に今回の会食が大したものでは無く、同盟の組同士の定期的な馴れ合いと言うことくらい幾斗にだって分かっている。
分かっていても、一度体に植え付けられた恐怖は一生無くなる事はない。
湯川も藤堂も、そんな幾斗を見つめていた。
これは幾斗が弱いわけじゃない。
普通の人間なら狂ってしまうだろう恐怖を味わい、それでも普通に過ごせていられるのは幾斗だからだ。
それでも、未だ17の子供が背負うには、大き過ぎる物で、きっと前までの幾斗なら壊れてしまっていた。
でも今は違う────
華龍の忘れ形見として現れたあの少女
今、幾斗の堅く閉ざされた心を少しずつ解きほぐしているのはあの少女だ。
人を嫌い、自分から遠ざけていた幾斗が、自分達以外の人間で初めて近寄らせた人間……
幾斗の成長を見てきた者達全員が、この変化を喜んでいる。
いつか、幾斗がこの恐怖から逃げられる日が来る事を願って─────

