龍の世界




「なんか最近…お兄ちゃんの事考えるだけで、理由もなく泣けてくるんです。もう、吹っ切れた筈なのに……───」




私は下ろしていた足をソファに引き上げ、膝に顔を埋め、涙を止めようと唇を噛み締める。





「彼が言った事が、全てじゃないって分かってるのにッ。お兄ちゃんが本当に殺されたって思うと…、まだ生きていられた筈なのにって思うと…、どうしようもなくなっちゃって」


池島さんは何も言わない。

黙ったままだ。

それでも私は口を開く。





「私、彼に会ったら、酷いこと言っちゃいそうで……」



すると頭にポンッと軽い衝撃。




「あんまり我慢するな。麻綾…」


その声は池島さんではなかった。

バッと顔を上げる。





「と、藤堂さんッ!」


彼は私が座るソファの背後に立っていて、私が顔を上げると、横へ座った




「おーおー、泣いて目は真っ赤。熱で顔も真っ赤。真っ赤っ赤だな、お前」


苦笑しながら、手を私の額にあてる。






「また熱上がってる……。大人しく寝とけって言っただろ?」


「あの、池島さんは…」


「あいつは仕事に戻した」


「そう、ですか」




藤堂さんのいきなりの登場に、私はどうすればいいか分からず、再び顔を下に向ける






「麻綾」

「はい……」


「麗龍に会うのは、嫌か?」


「……」


「お前が嫌なら、会頭は強要したりはしない。無理する事ないんだぞ?」


「……嫌なのか、よく…分からないんです。ただ、今会ったらきっと彼に酷いことを言ってしまうから」




責めたくない……。
お兄ちゃんが死んでしまったのは、悲しくて仕方ないけれど、誰かを責めても、もうお兄ちゃんは戻って来ないし、きっとお兄ちゃんは喜ばない。





今の、お兄ちゃんの話をするだけで涙が出る今の私じゃ、彼ときちんと向き合えない