それから特に話す事もなく、私は若桜さんと幹部の人達の仕事部屋、執務室に連れて来られた
「会頭、麻綾を連れてきました」
藤堂さんは私を抱いたまま、器用に扉を開けて中へ入る。
庭の一角に建てられた若桜さん達の仕事現場。
純和風の庭の中の巨大な洋館。
外観は全体的に白壁で、藤堂さんの話では、100年ほど前に建てられたそうだ。
古びているのにどこか気品のあるその洋館が、若桜さんたちの仕事場所。普段は入ることを禁じられている。
ここに来たのはお兄ちゃんのお葬式の後、お兄ちゃんの机を見せてもらって以来だ。
洋館の最上階の、洋館の中で一番広い部屋が、若桜さんの執務室。
そこには柳瀬さんと湯川さんもいた。
「すみませんね麻綾。体調が悪いのに……気分はどうですか?」
部屋の一番奥に置かれている若桜さんの社長机。そこには書類が山の様に重なって、それと睨み合っていた若桜さんは、私が現れるとその席を立ち、フロアの南側に設置されているソファに座った。
私は藤堂さんに、その向かい側のソファに降ろされる。
ふかふかの、黒い革張りのソファは座り心地最高。
「だいぶ顔色は良くなったようですね。良かった。私が様子を見に行ったときは、とても苦しそうでしたから」
「来てくださったんですか?すみません…ご迷惑ばかり…」
「何を言うんですか。謝るのはこちらです。今回は本当に申し訳ありません。麗龍があのような……」
「いえ、気にしないで下さい……──彼のお陰で、少しだけ本当の事が知れたから…。もし、お兄ちゃんが亡くなった時に言われていたら、私きっとパニックになっていたし、薄々感づいていても、自分で聞く勇気は、私にはありませんでした……」
「…彼は全部を語ったわけではありません」
若桜さんは私の真っ直ぐ見つめた。
「はい……。今の私には誰に何を聞くべきなのか、分かりません。でもきっと、ここにいるかぎり、自ずと分かると思うから……──」
「…そうですか」
若桜さんの何処までも深い黒い瞳が微かに揺れた
気付けば抱き締められていた

