「失礼致します。」

襖の向こう側から静かな声がし、静かに襖が開けられる。

温もりを抱いたまま、慧は入ってきた臣下を見た。

「相模か…。」
「お休みのところ申し訳ございません。」
「いや。」
「他の臣下が集まっております。」
「今、行く。」

桜を起こさぬように寝台を抜け出し、羽織りを肩に掛け慧は離れに足を向けた。



しばらくして、桜が目を覚ますと隣にあったはずの温もりがなく、無償に不安が押し寄せた。

慧が駆け付けてくれたとはいえ、襲われた昨日の今日。
不安にかられるのは無理もない。

ふと、視線を感じ部屋を見渡せば、寝台の近く、丸くくり抜かれた窓から自分を見つめる双眼。

そこにいるのは慧と同じ赤い目を持った一羽の烏。
鷹くらいの大きさだろうか。

目が合うと、烏は窓から桜のいる寝台へバサリと音を一つたて着地した。

「もしかして、貴方もシンくん見たいな使い魔なの?」

恐る恐る桜が聞けば、そうだと言うようにカァっと返事が返ってきた。

が、いくら経っても烏の姿のまま。

「えっと、人型って言うのかしら?それにはならないの?」

そう問えば、また一言。

どうやら、昨日、出会った子狐のように人の形にはならないらしい。

寝台で身を起こしたまま、桜はなにやら考える仕種をする。

「うーん…、名前を聞きたいけど聞けないよね。私が付けても大丈夫かしら…、」

カァ、カァ。
まるで名前を付けてくれと言うように烏は羽を広げ足踏みする。

「私が、付けていいの?」

カァっ。

「そうね……、神聖って花言葉のある蓮と綺麗な朱(あか)で蓮朱(れんじゅ)ってどうかしら??」

桜が問うと、烏は一歩一歩慎重に体重が桜に掛からぬよう近づき頭を垂れた。
それはまるで桜に仕えると忠誠を誓うようだった。

「気にってくれたのね。」
にっこり笑い桜が手を伸ばせば、それに頭を寄せ擦り寄せた。