『あんたなんかより、弥生の方が何倍も可愛いわ』
それは稚尋が四歳の時、母親に言われた言葉だ。
母親は、長男の稚尋より二歳年下の次男、弥生《ヤヨイ》を可愛がった。
弥生はずっと笑っている笑顔の絶えない子で、二歳の時すでに稚尋から母親も父親も奪った。
稚尋にとって弥生は憎くて、堪らない相手だった。
『兄ちゃん! 兄ちゃんっ』
どうして俺に付き纏う?
なんの屈託のない笑顔で、どうして笑っていられるんだよ?
『弥生……』
憎くて、堪らない相手だ。
『稚尋、あなたまた弥生を泣かせたのね!?』
違う。
違うんだ、母さん。
『弥生が俺の……』
弥生が俺のおやつを食べたから、注意しただけなんだ。
それなのに。
『言い訳ばっかり言わないの!!』
『っ……!』
稚尋の頬に、鈍い痛みが走った。
途端に稚尋の口内が鉄の味に占領される。
しかし、稚尋が涙を流すことはなかった。
もう、どうでもいい。
稚尋は、自分自身を心の奥に封じ込めた。
そんなある日、外国に住んでいたはずの幼なじみ、雛子が稚尋の家に泊まりにきた。
『ちー!! 久しぶりね』
慣れない日本語で、雛子は稚尋に挨拶をした。
最後に稚尋が雛子に会ったのは、記憶もままならない二歳の時。
まだ弥生が母親のお腹にいた時だ。
『久し……ぶり』
漆黒の長い黒髪に、真っ赤なカチューシャがよく似合ってる。
稚尋の初恋だった。
『ちー、大好きだよ』
五歳の誕生日、稚尋は雛子に言われた。
『俺もだよ』
幼なじみだってことはわかっていたが、大人じみていた稚尋は、その気持ちを押し込めた。