恐る恐る稚尋の手を取った冬歌。



『よ、よろしく……』



 造られた笑顔に、こちらの笑顔まで、歪んだ。



 その後、冬歌は実の母親から稚尋の生い立ちを聞いた。



 稚尋の母親と稚尋の父親の間には、もう一人の子供がいたという。



 しかし、愛情を与えられたのは……もう一人の子供だけ。



 稚尋は全く関心を持たれなかった。



 甘えても、ねだっても、稚尋の両親は彼を突き放した。


 突き放したどころか、稚尋の育児を放棄した。



 だから、稚尋はあんなにも大人びていたのだろう。



 両親の前で子供になることを許されず、いい子でいることでやっと生きながらえてきた。




 愛情をそれなりに受けていた冬歌とは、大違いだ。






 きっと稚尋は、本当の家族を知らない。



『お母さん。あたしが、稚尋を笑顔にしてあげる』




 そのためには、稚尋の味方になってあげなくちゃ。


 うちの場合、お父さんが浮気して、お母さんがあたしを引き取ってくれた。



 稚尋は……母親がもう一人を引き取り、父親は渋々稚尋を引き取った。



 その家にいるのは、どれほどの苦痛だっただろう。



 たった五歳の男の子は、本来の家族の形を知らなかった。





 冬歌は稚尋に何度も笑いかけた。




『稚尋……!』



 彼の心の闇を拭い取ってあげるために。



『……稚尋! 今日はね?』



 だけど。




『……稚尋?』





 稚尋の心の闇は深すぎた。


 十年たった今でも、稚尋は完全に心の闇を払った訳ではない。





 ただ、一度だけ。


 冬歌が二十歳でお嫁に行った時、初めて稚尋は子供に戻った。




 九歳だった稚尋。




『冬歌、冬歌……お嫁さんになっちゃいやだ! 冬歌は……俺を守ってくれるんじゃないのかよっ……』



 稚尋はわんわん泣いた。



 その時、冬歌は痛感した。


 稚尋はあたしが守ってあげようとした気持ちをちゃんとわかっていたんだ。