長い沈黙が続く保健室。
無言の空間の中、朝の慌ただしさが音で伝わってくる。
そんな中、澪と稚尋が居る保健室だけは時が止まっているように思えた。
「あんた……本当に最低っ!」
先に口を開いたのは、澪の方だった。
涙混じりの声は、少し震えていた。
時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえる。
稚尋は何も言わず、ただ外を眺めているだけだった。
人のファーストキスを奪っておいて、何? その態度は。
そう言いかけて、澪は言葉を飲み込む。
私は、ヒマつぶしの玩具だったのだろうか。
馬鹿みたいだ、本当。
「……出てって」
こんな顔じゃ、教室にも行けない。
澪は、稚尋の背中に向かってそう言い放った。
しかし、稚尋は何も反応しない。
聞いてないフリ?
どこまで性格悪いのよ。
呆れて、澪は大きなため息をついた。
そして。
「……出てってってば!!」
今度はもっと大きな声で稚尋に言った。
ただ、今は一人になりたかった。
一人になって、思いきり泣きたかった。
稚尋の前では泣けない。
悔しかったからだ。
澪は伏せていた瞳を、ゆっくりと稚尋へと向けてみる。
気がつくと、稚尋が椅子から立ち上がっていた。
その些細な行動にも、澪は過剰に反応してしまう。
「…………」
澪に、立ち上がっていた稚尋はゆっくりと歩み寄ってくる。
また、何かされる……?
そう思うと、少し体が強張った。
稚尋は澪の目の前で立ち止まると、硬直している澪に向かって言った。
「ごめん」
真剣な表情だった。
「え?」
突然の予想もしない謝罪の言葉に、返す言葉が見当たらない。
それだけ言うと、稚尋は澪のふとももに青いハンカチを置いた。
その行動に、澪は目を見開いて稚尋を見つめてしまう。
稚尋の顔が、一瞬切なそうに歪む。
しかし、次の瞬間には元の笑顔に戻っていたから、多分思い過ごし。
稚尋は、驚いている澪を見て言った。
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