「ごめん……」
その人は、澪がフラれた相手。
小林大輔だった。
どうしよう。何も返す言葉が見つからない。
澪は明らかに動揺していた。
「あのっ……」
「朝宮」
「コバミー!」
え?
何かを澪に伝えようとした小林の言葉を遮って、稚尋が口を開いた。
それはもう、あり得ない言葉を吐きながら。
「それ、今日から俺の女」
何を言い出すのだろうか、この男は。
わざとなのか、なんなのか、稚尋は小林の前で満面の笑みでそう言った。
本当に、何を考えているかわからない。
「稚尋……」
小林も、稚尋を知っているようだった。
ああダメだ。また、澪の頭の中がハテナマークでうめつくされる。
どういうことなのか、さっぱりだ。
「了解?」
稚尋は笑顔の圧力で、小林に了解を求めた。
「ちょっ……!」
稚尋を止めようとした澪は、逆に稚尋に口を塞がれてしまう。
ちょっと待って。
私の気持ちは?
澪は頭が真っ白になるのがわかった。
突然の出来事に、多感な時期の学生たちはどよめく。
同じ学生が、学校内で堂々といちゃついている。
周りの人間から見れば、そうとしか映らない。
澪は、それがどうしても嫌だった。
「あぁ」
しかし、小林は何もなかったかのように軽く頷いた。
大した動揺もない、穏やかな顔だった。
これにはさすがに澪も困惑した。
なんで?
どうしてそんな目をするの?
私、桜君の彼女なんかじゃないのに。
これも、仕方がないことなのか。
私は、この小林くんにフラれたのだ。
そう考えた途端、急に涙が込み上げてくる。
そんな澪を見た稚尋は、眉を下げて笑った。
それは、困っているようにも見えた。
「コバミ、俺……こいつ保健室つれてくわ」
「あ、うん……」
小林は、頷くだけだった。
「っ……!」
澪は何の抵抗も出来ず、ズルズルと稚尋に引きずられて行った。
「あんた……最悪……っ! こんなことして、何が楽しいの───……?」
涙が、止まらなかった。
そんな澪に、稚尋は言った。
「俺はお前が気に入っただけだよ」
ただ一度として、彼が表情を変えることはなかった。
「何よ……それ」
この男は、本当に何を考えているのかわからない。
優しいのか、意地悪なのか、はたまた性格が悪いだけなのか。
こんな生活がこれから毎日続くかと思うと……正直気が重い。
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