ふと気がつくと、そこにいるはずのお父さんの姿がない。
「ねぇ、お母さん……」
あたしは未だに、さくらみたいに“お父さん”と、すんなりと呼ぶことができない。
お父さんを嫌いなわけじゃない。
ただ、あのカッコよさは、父親として反則だと思うから。
時々、ぽろりと“お父さん”と呼んでしまうこともあるんだけど。
そういうときは決まって、“もう一度言って”と、お父さんから執拗なまでに頼まれる。
「あぁ、雅人? 玄関にいるわよ」
お母さんに目で訴えると、お母さんはあたしの気持ちを汲み取って、ふふっと笑いながら、お父さんの居場所を教えてくれた。


