黒い腕時計をチラチラ見ながら拓哉が、私の部屋の入り口に立っていた。

「たっ、たくやぁ?じゃねぇよ、何度呼んだと思ってんだよ。」

拓哉は私の真似をしているのか、気持ち悪い裏声で身体をクネクネさせながらそう言った。


…………。


ムカつく。

「あんた寝てる乙女の部屋に忍び込んで、まさか変なことしてないでしょうね!?」

「…………乙女?だれが?」

―――――。


ムカチーン。


「あれ?てか今日はちょっと早くない?」

目に入った時計は、まだ七時半を刺していた。

いつもはあと五分くらいしてから拓哉が迎えにくるんだけど。

「ああ、ちょっと早めに来たんだよ。はい。」

はい。って言いながら手を出す拓哉。

ん?んん――?

「えっと……お手?」

私は右手を拓哉の手にポンと乗せた。

「…………。」

はっ!!

な、なんて冷たい目をしているのだこの男は。

「お手じゃないの?」

「いや、逆に、何故お手だと思ったのかを原稿用紙5枚程度で詳しく述べてくれ。」

な、なんか理論的なツッコミをされた……

「昨日貸してくれるって言ってたろ?もう忘れたのか?」

「あっ――!!」

私はようやく拓哉が何を求めていたのか思い出し、ベッドから飛び降りると机をあさる。

目的のそれは私の「大事なもの入れ」の中にあった。
「はい。詩帆の『濡れた翼』。」

「おう、サンキュー。」

手渡したCDを拓哉はすぐにカバンにしまった。


私の大好きなこの曲で、今何かに悩んでいる拓哉がちよっとだけ……

ほんの少しでも元気になってくれたら良いなって思った。