「……誠二?」
真理の脳裏に"あの男"の姿が過ぎった。
「まだ会いに来てないのかな…、なら良いんだけど…。」
莉奈は下を向きながらそう言った。
「……ちょっと、…どいて。」
無言の末、真理はその場にいる事に耐え切れず、ドアで莉奈を押しのけながらトイレを出た。
真理は混乱がピークに達し、先程受付で言われた部屋番号をうっかり忘れてしまった。
すると真理はオロオロとしながら取り敢えずエレベーターに乗り、起こった事を頭の中で整理しようと努めた。
真理は混乱したまましばらくボタンを押さずにいると、エレベーターのドアが突如開いた。
「…何してるの?」
莉奈はそう言うとエレベーターに乗ってきた。
「………ついて来ないで。」
真理は震えながら小さな声でそう言った。
「別に莉奈はあなたについてきたんじゃないよ…、帰るだけ。なんで押さないの?」
莉奈は言った。
「………。」
真理は言われるがままに無言で1階のボタンを押した。
「友達といるんでしょ?黙って帰るの?」
莉奈は言った。
「……部屋番号、忘れた…。」
何故か真理は正直に言った。
「そんなに動揺しなくて良いのに…。莉奈怖がらせるような事言った?」
莉奈は幼い子供のような微笑を見せながら言った。
「…あなたは、…ママの何を知ってるの?」
エレベーターが1階に着くと、真理は開かれたドアを無視するように聞いた。
「……さぁ、なんだろう…。あなたが"知るべき"事をかな…。」
莉奈は含みのある言い方で質問を濁した。
「…答えになってない。」
真理は少し強気に言った。
「…秋子さんに直接聞いたら?莉奈は答える権利ないし…、ていうか、あなたのママが唯一その"権利"を持ってるのかもね…。」
莉奈はそう言うとエレベーターを降り、真理の前から消えて行った。
ゆっくりとエレベーターのドアが閉まり、真理は無音の密室でただ呆然としていた…。
数時間前に"誠二"が提示した"真実"の存在は、その時点では決して真理の中で容認出来る物ではなかった。
しかし、この莉奈との出会いでそれは確たる疑惑へと変貌し、やがて知るべき真理自身の"背景"を示唆する物となった…。
