重苦しい雲が分厚く天空を支配した朝、飽和水蒸気量まであと僅かな粘りつくような風をきりながら静香の運転する白いセダンは国道168号線を疾走していた。

助手席には碧、そして後部座席には互いに窓の方を向いた和哉と雅彦。

いくら体育会系で鈍感な雅彦でも碧の心情の変化には薄々気付いていた。

今碧の心が傾いているのは、彼女の兄である和哉なのか、それとも雅彦の知らない他の誰かなのか、そこまでは知る由もなかったがそんなことはもうどちらでもいい事で、ただ雅彦の心にぽっかりあいた大きな空洞が痛くてたまらなかった。

学園内ではラグビー部の顧問をし、部を全国大会に2度出場させた。

女生徒はおろか、若い女性教師、事務員にも人気がありバレンタインデーは持ち帰るのが大変なほどの贈り物をもらう。

市内の高級マンションで一人暮らしをしながらドラマのような生活を送る雅彦は傍目からは何の悩みも無いパーフェクトな人間だった。

しかし自分の心の隙間ひとつ埋める事の出来ない無力さと、他の誰にも変えることの出来ないほど愛していた碧の心変わりに打ちひしがれていた。

あの美しい瞳は今、誰を向いているのか、それが分かればそいつを絞め殺してやりたい気分だ。

しかし色々と事件が重なり出生の秘密でナーバスになっている碧が自分の事に精一杯になるあまり、雅彦への対応が上の空になっているのかもしれないと、心の隅で思い彼女の気持ちが自分に再び傾いてくれるのを願っていた。

途中土砂を満載したトラックに前方を塞がれた為、思ったより時間がかかり、目的の喫茶店に到着したのは昼の12時を少し回ったところであった。

「閉まってる…」

碧があっけに取られたような声を出す。

出生のルーツを探る事ばかりに気を取られていた碧は、あの老婦人の店が開いているかどうかなどということに全く気が回っていなかった。