夏季は、口をぽかんと開けたまま、その少年が走り去っていくその姿を見送っていた。
―変な子ね。―
「…夏季、あの制服からすると、あの子、小波(さざなみ)学園の生徒よ。間違いないわ。だってあの、白いストールが付いた独特な制服…」
「えっ、小波学園って、あの!?」
夏季は驚いた。小波学園と言えば、夏季の住むY県の東隣りのS県にある高校である。いくら学校帰りだからと言っても、夏季の高校までやって来るとなると遠すぎる。とても、道草と呼べる近距離ではない。もちろん、Y県の住民が通える様な距離でもない。
―なぜ、わざわざそんな遠い所からここまできたんだろう。―


午後五時四十分。家に戻った夏季は、台所で、お気に入りのラジオ番組を聞きながら、トントンと軽快な包丁の音を響かせていた。夏季の後ろでは、火にかけられた鍋の中で、パスタがゆらゆらと泳いでいる。
「さあ、これで具材は切り終えたわ。今日は、いつもよりも一品多いけれど、パパやママが帰って来るまでには十分間に合うでしょう。それにしても…」