十年後。
「あなたー。ゴミ出してくれた?」
「今行くー!」
野崎は玄関に置かれたゴミ袋を持ち上げた。
「パパ待って!」
「ん?」
小さな娘がリビングから走ってくる。
「これも!」
手に持っていたお菓子の空箱をゴミ袋に押し込んだ。
「はい、ありがと」
「いってらっしゃーい」
「ゴミ捨てるだけだよ」
サンダルを履いて外へ出る。
眠そうな顔をした近所の会社員と挨拶を交わし、ゴミ捨て場まで歩いた。
いつもの朝だった。
華やかな日々じゃない。
何でもない毎日。
ゴミを捨てて。
家に戻って。
トーストを食べる。
「今日帰り何時?」
「七時くらいかな」
「牛乳お願いしていい?」
「了解」
娘はテレビを見ながらパンをかじっている。
妻は洗濯機を回している。
野崎はコーヒーを一口飲んだ。
壁に掛けられた時計を見る。
「おっと、もう行かないと」
「いってらっしゃい」
「パパいってらっしゃーい!」
「行ってきます」
玄関を出た。
駅まで歩く。
電車に乗る。
会社へ向かう。
映画監督ではない。
五年前に辞めた。
三作目の『fortune letter』は期待していたほど評価されなかった。
四作目は興行的に失敗した。
五作目の企画は流れた。
仕事は減った。
それでも何年か粘った。
けれど結婚して。
子供が生まれて。
映画だけを追い掛け続けることが難しくなって。
今は映像制作会社で企業広告や商品紹介の映像を作っている。
夢を叶えたのか。
叶えられなかったのか。
自分でもよく分からない。
「野崎さん、おはようございます」
「おはよう」
デスクにつく。
パソコンを立ち上げる。
メールを確認する。
午前中に一本。
午後に二本。
編集の確認。
打ち合わせ。
修正。
いつも通りの一日が始まった。



