何も喋らない市橋くん。
あたしは不安になって泣きそうになったことを、今でも覚えている。
市橋くんは突然、大きく深呼吸をして。
覚悟を決めたような顔で、あたしをじっと見つめた。
手袋をしていない市橋くんの冷たい手のひらが、あたしの右頬を包み込む。
ひやり、とした感触に、あたしの体がビクンとわずかに震えた。
ゆっくりと近づいてくる市橋くんの顔。
あたしの胸はドクドクと鈍い音を立てながら暴走し始める。
自然と目を閉じた瞬間に、市橋くんはあたしの唇にキスを落とした。
それは、軽く触れる程度のキス。
キスの後は、なんだか恥ずかしくて、あたしたちは意味もなく笑った。
キスをした後は、する前よりも、もっともっと市橋くんを好きになってしまった。
でも――……


