記憶がない、同意の上ではなかった。 それが唯一の救いになるであろう事実なのに。 “市橋と関係を持ってしまった” その現実は、どんなに弁解しても消し去ることなんかできない。 「しばらく、距離を置こう」 そう言うと、梓の瞳から涙が溢れ出した。 泣き出した梓を前に、胸が痛くなる。 ……でも、許せない。腹が立つ。 事情がどうであれ、一度きりの浮気を“もうするなよ”なんて言えるほど、俺は寛大な男じゃないんだ。 「……じゃあな」 うなだれるように俯いている梓を残して、俺は部屋を後にした。