-恐怖夜話-


建物北側にある廊下は直射日光は当たらないが、やはり暑い事には変わりがない。


階段室側から二部屋目の、302号と小さなプレートの貼られたグレーの扉の前。


がっちりした厳つい顔全体に、うっすらと汗を滲ませた父が、立ち止まって『ふう』と大きな溜息をつく。


「さすがに、しんどいな……」


父が本音をボソリと漏らしたのを、私は聞き逃さなかった。


「ほら、お父さんだって、エレベーターがあった方がいいでしょ?」


『してやったり』と言う表情を作り、からかいモードに入る。


これが、いつもの父娘のコミ二ケーション。


母は、『又始まった』とあきれ顔だ。


「ははは、まあな。さてと、カギは……」


父はそう言うと、荷物を持ったままズボンのポケットに手を入れた。


が、荷物のバランスを取るのに気を取られたのか、銀色のカギがポケットからスローモーションで落ちていく。