二人が出発する当日。
私は一人考え込む。
…このままじゃ駄目だ。
しばらく会えないというのに、こんな状態で別れたらきっと後悔する。
私は決意と共に、ユゼの書斎を覗き込んだ。
そして、ルーがいないことを確認する。
「あ、あの」
私がおそるおそる呼び掛けると、ユゼがゆっくり顔をあげた。
…落ち着け、私。
「もう出掛けるの?」
「あぁ、ルーの支度が終わったら」
ユゼが私に近付いてくる。
逃げ出しそうな心を堪えて、私は上を見上げた。
「あの、……んで」
「すまないが、よく聞こえなかった」
「だから、その…か、かがんで欲しいんだけど」
語尾が小さくなって消えてしまう。
きちんと私の言葉が伝わったか心配になったが、ユゼは何も聞かないまま素直にかがんだ。
私はその前髪越しの額に、そっと唇を押し当てる。
「何を…?」
ユゼの瞳が上目に私を不思議そうに映している。
「……旅立つ人の幸運を祈る時にするの。神様の御加護がありますように、って」
言い終わった瞬間、気付いた。そういえば、ユゼは吸血鬼なのである。
神の御加護なんて、いらないかもしれない。
「その、嫌だったらごめんなさい」
私は慌てて頭を下げた。
下げた頭に、ふわりとユゼの手が乗せられる。
「いや」
その手が顔を上げるように促した。
おずおずと私はユゼと向き合う。
「貰っておこう」
静かにそう言ったユゼは満足そうな顔をしていた。
良かった、と大きな安堵が胸に広がる。
「吸血鬼、俺の方は準備出来たぞ」
ルーが荷物を持ってやって来た。
その姿を身留めたユゼは、無言のまま自分の額に触れ、その指でルーの額を撫でる。
「幸運のすそ分けだ」
「はぁ、突然何の話だよ…」
意味が分からないというように、ルーが私とユゼを見比べる。
ユゼは答えず片眉を僅かにあげた。
私は何だか嬉しくなって、小さく笑いを零す。
結局、私は館の外までついて行き、二人の姿が見えなくなるまで見送った。