手が、私の頭に触れた。

それから顔、肩へと移っていく。


私の形を確かめているみたいだ。

初めて私という人間に気付いたかのように。

私へ触れていく。

冷たい手。


「どんな理由であれ私たちは関わってしまったのだから。

私たちは無関係でいられないわ」


…逃げていたのは、私も一緒だった。

この吸血鬼と、ちゃんと向き合っていなかったような気がする。

いつも、目を逸らしていた。

目を逸らしていれば、今まで通りの自分でいられると思っていた。


だけど、時が止まったかのようなこの館に甘んじて、いつまでも同じままではいられない。


「私は、アイシャ」


とても今更な、私の名前。

こんな一番最初の段階も、私たちはクリアしていなかった。

ルーは簡単に明かすなと言っていたけれど。

多分これは、簡単、ではない。

決意があるのだから。


「貴方の名前は?」


この吸血鬼の未来に添う決意が。


吸血鬼は静かに私を見返した。

怒っているわけではないようだ。


「人は暖かい」

「え」

「時が流れ行くうちに、私はそれを忘れる」


小さな告白。その声はどこか空虚だ。

感情も感傷もない。

失われてしまっているかのような。


「我が名はユーゼロード」

「ゆーぜろーど……」


どこかで聞き覚えのある、懐かしい名。

喉元に引っ掛かっているのに、上手く出てこなかった。

とりあえず、その引っ掛かりは頭の隅に置いておくことにする。


「私たちは知らない間に、貴方の気に触ることをしたのかもしれない。だとしたら謝るわ、ごめんなさい」


だけど、それとは別にあの吸血鬼の態度は、許せなかった。


「その代わりルーに、謝って。酷い言い方をしたこと」


「……。…分かった」


吸血鬼は、意外に早く了承する。

私たちは、今度は並んでルーが待つ食堂へと戻った。