「そそそんなこと、覚えてなくてもいいからっ」


思わず涙が引っ込む。

恐怖はいつの間にか溶けてなくなっていた。

素直に自分の気持ちを吐露したからかもしれない。


「何故?」


ユゼが逃げようとする私の腰を捕らえて引き寄せる。

私はユゼから目を逸らし、自分の足元に視線を落とした。


「あれは、貴方にとって事故みたいなものだったわけで」

「事故…」

「だってそうでしょ…」

「折角の機会、と言いかえて貰おうか」


困ったような苦笑と共に、ユゼの手が私の頭に添えられる。

そのまま、こめかみに口付けが落とされた。


先程までと、ユゼの雰囲気が違う。

何かが吹っ切れたような、そんな印象を受けた。


ユゼも悩んでいたのだろうか。

脳裏にミルフィリアの言葉が蘇る。

吸血鬼も人もそうは変わらない。悩んで迷うのが、恋なのだ、と。

だとしたら。


「もう、二度と花嫁を怖がらせるような真似はしない」


真剣な言葉に、私はぎこちなく頷いた。

なんだか頭がぼーとしていて、上手く返事が出来ない。

体中が熱かった。


「出来たら、側にいて欲しい。これからもずっと」

「も、もちろん、そのつもりだけど」


花嫁という名の贄として。

けれど、ユゼの言っている意味と、私が想像している関係は違うような気がした。

私が、より嬉しい方に違っているような、そんな気がしている。

夢見心地で、ユゼの言葉を聞いていた。


「我が花嫁を永遠に愛すると誓おう」


ユゼは言い終わると、また私を強く抱きしめた。


「ユ、ユゼ。腕が痛いわ…」


私は腕の中から必死に訴える。だが、訴えは、あえなく無視された。


迷いながら、私はその広い背に自分の腕を回していく。

私とは違う骨格で構成されている生き物に。


ふと、分かったことがある。

私とユゼは吸血鬼と人だ。

ずっと、別の生き物なのだと思っていた。


けれども、そうではない。


私とユゼを隔てていたのは、そんなものではなく、

一人の男と、女であること。


ただ、それだけだった。