千草麗桜は空になった皿を乗せたトレーを持ち上げながら透に笑いかけ、椅子を足でテーブルの下に押した。


あたしはパッと顔を逸らして、後ろを通り過ぎるであろう千草麗桜を視界から外す。



「瑠雨」


名前を呼ばれた時にはすで耳元で囁かれた状態で。


「放課後、来いよ」


身体にまとわりつく様な甘ったるい声に、体中がゾクリとした。


いつもなら罵声を浴びせるはずなのに……。


振り向くことなく固まったままでいると鼻で笑われた気配がする。



立ち去る千草麗桜に結局振り返ることも、睨むことも、怒ることも出来なかった。



……何なの、アイツ。


俺様で、冷酷で、悪魔のくせに、どっからそんな艶のある声が出んのよ。



千草麗桜という男は、まるで一定の形式がない自由気ままに変化するカプリチオみたいだ。


赴くまま自由に。気分のままに行動して、フワフワとして掴みどころがない。



アンタの方がよっぽど、野良猫みたいじゃん。