「ぶはっ!! ……くくっ……バカだろ、お前」
片手をドアに押し付けて、痛がるあたしを見下ろす千草麗桜の瞳がおかしい。
おかしいというか、眼鏡のレンズ越しだからかもしれないけど、いつもと違った。
何が違うのかまでは、うまく言えないけど……。
「………」
「……今は、手伝うことねぇよ?」
スルリと、ゴツゴツした手があたしの長い髪をすくう。
触んじゃねぇと思うのに、言いたいのに、体が動かなかった。
ジッとあたしを見る千草麗桜の瞳から、視線を逸らすことが出来ない。
「放課後、来いよ」
すくった髪を口元に運んで笑う千草麗桜に、なぜだか助けて貰った時のことを思い出した。
「来なかったら……分かってんだろーな?」
グッと顔が近付いて来てハッとする。慌てて顔を逸らすと、耳元で囁かれた。
「お仕置き、だからな」
背中がゾクリとするような冷たい、でもどこか甘さを含んだ声にギュッと目を瞑った。
「――ひゃ!?」
右耳に息を吹きかけられて、ガタガタっとドアに背を張りつけたまま逃げる。
「っ何……!?」
一気に熱が集まった右耳を押さえて千草麗桜を睨むと、言葉もなく満足げに口の端を上げていた。
「~~っ!!!」
言いたい様々な暴言を飲み込んで、「失礼しますっ!」と逃げるように数学準備室をあとにした。



