ぼんやりとそんなことを思っていると、体がぐいっと持ち上げられて、どすっとなにかにぶつかった。

……痛くない。
っていうか、どうなってるんだこれ。

朦朧としながら顔を上げると、巽の顔が私の真上にあった。
私の前の前には、巽の胸。

私と視線がぶつかると、巽はほっとした表情を見せて、大きくため息を落とした。


「なに、やってんだよ」

「……え?」


「え? じゃねえよ! 自分の体くらい自分でわかれよ! ずげえ顔赤いぞお前!」


ああ、風邪引いてるから。
顔が赤いってことは、熱もだいぶあるのかな。


「ったく、だから帰れって言ったのに……いい加減意地張ってんじゃねえよ、階段から落ちるところだったんだぞ、わかってんのかお前」



朝、顔を合わしたとき……だから、“帰れ”って、言ったのか。
気づいてたんだ、初めから。私でさえも気づいてなかったのに。


巽はわたしよりも先を歩いていたはずなのに階段から落ちそうになった私を助けてくれたのは、隣を歩いていた大樹くんじゃなくて巽なんだ。


気づいてたんだ、ずっと。ずっと、気にしてくれていたのかな。



「泣くほどしんどいなら無理してるんじゃねえよ!」



しんどいから泣いてるんじゃないよ、バカ。


嬉しいんだよ。巽が気づいてくれたから……。気づいてくれていたから。私を見ていてくれたから。

嬉しいから、泣けるんだ。



ねえ、この気持ちの名前って、なにかな。


巽のことは嫌いだ。
口が悪いし、すぐ怒るし、むかつくことばっかり言う。私にだけ、冷たい。

なのに、会っていないと寂しいんだ。
私以外に話しかけると苦しいし、私以外に笑いかけると辛い。



会いたい。だけど、会いたくない。
だから苦しかったんだ。